「シェア」 もうこの言葉を聞かない日はないくらい、この「共有する」という概念は私たちの生活に浸透してきました。物の豊かさから心の豊かさへ。希薄な関係性を脱し、つながりを求めて。新たな価値観のもと、物が、空間が、情報が、あらゆるものがシェアされる時代を迎えてようとしている今、その原点に立ち返るような場所が福岡で生まれました。
福岡市の中心部天神から電車で4駅ほど南へ向かったところにある住宅街高宮。賑わう駅前を抜け、入り組んだ住宅街の坂道を上がって行った先の民家をリノベーションしオフィスを構えた建築事務所、Hiroyuki Arima+Urban Fourthの代表有馬さんと恒川さんにお話を伺いました。
----この場所を「シェアする」そうですね
「ここはこんなふうに高台になっていて眺めがいいでしょう。こんなに気持ちのいい場所を自分たちだけで独り占めしたくはなかったんです。自分たちは1階をオフィスに、あとは2階の一部を書庫に使うくらいだから、空いているスペースを人に使ってもらったらいいんじゃないかと思って。応接スペースや小さなキッチンも使っていいので、言わば、外の風景と中の環境を共有するというイメージ。ここは実は築40年以上経っているんだけど、少し手を加えさせてもらって、新しい空間として生まれ変わらせようと。ここは冬は寒いし、駅からも少し歩く。効率的ではないけど、ここで人と会いたい、また行きたいと思うよう場所になっていくと思うし、そんな場所を人と共有したいと自然に思ったんです。」
----どんな人に来てほしいですか
「詩人とかどうですか(笑)いやいや、それは冗談だけど、ここではとにかく面白いことをやったらいいなと思っています。こちらからこう使ってと指定することはないから、例えば自分で考えてこの場所の使い方をイメージできる人がいいでしょうね。自分たちはここに来て、ああ、とっても風が通って、酸素の濃度が濃くて、自分はこんな環境が欲しかったんだなという気がしました。これから来る人も、無理にとんがってなくていいから、ここで何かに気づいて自分でやりたいことをすればいいんです。そういう意味では誰もがここで詩人になれると思う。与えられるより発想するほうが面白いでしょう?そんな感覚の若い人たちがチャレンジする場所になったらいいと思っています。下の階にはバーカウンターを作っているからそこでイベント的にバーをやってもらってもいいし、玄関の外の打ち合わせスペースでバーベキューをしたりとか、いろんな人が来るように定期的にイベントを開催したらいいかなとかいろいろ考えてはいるけど、こちらが型にはめるつもりはありません。重いものを持ち込みたいなら柱を補強すればいいし、寒かったら火鉢を置いてもいい。自分で考えて自分で使う、そんな人が来てくれたらいいですね。」
----住宅街だけど、結構自然に囲まれていますね
「窓の外の桜は実は隣の敷地のものなんです。右手には高宮八幡宮の茂みも見える。ここは建物の中からも自然が感じられて、外みたいな、縁側みたいな場所かもしれないですね。この間、業者さんに掃除してくださいって言ったら、雑草を抜こうとされて、雑草はそのままで!って必死に止めました。枝とかを拾ってもらうくらいでいいと思っていたんだけど、確かに普通はそう言われたら雑草を抜いちゃいますよね。でも整えられた自然ってどうですか?やっぱりどうも強くは惹かれなくて。オフォスもそうだけど、駅から濡れないで行けるとか、年中温度が一定とか、それは便利ではあるけど、豊かさとは違うような気がしています。駅から歩いているうちに周りの景色が変わったり、張りつめた冬の朝の空気を感じたり、季節ごとに咲く植物を眺めたり、ときどき隣の空手道場の声が聞こえてきたり(笑)何でもキレイに整っていないといけない人はここには向かないかもしれないけど、この場所はそんな人をもインスパイアしていくかもしれないですね。」
コミュニティづくりのために、ビジネスが生まれる場として、時に空室対策として、「シェア」がだんだんと商業の歯車に巻き込まれつつあることを感じてきていた中で、「この場所を人と共有したいと思った」という答えがなんだかとても自然なことに感じられました。この場所に集まる人からきっと何かが生まれていくのだろうけど、そのことを目的にしていないし、そのための手段でもない。だから、与えられることに慣れ、得られるものに期待をする人にとっては何をしていいかさえ分からない場所かもしれない。
でもきっと難しく考えないでいいんだろうな。
少し膨らんだつぼみをつけた桜の枝を見ながらそんなことを考えました。
この桜が咲く頃、ここには新しい人が来て、少し賑やかになって、その後もずっと変わり続けるのでしょう。ここがどんな場所になっていくのか、これからも見守り続けたいと思います。